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駄文書きの屋根裏部屋

ネット駄文書きの備忘録です。ネット小説や出版作品について、あれこれと語ります。

自作を酷評する〜『ミス・オカルトの四原則』

作品紹介

今回紹介させていただくのは、初期短編『ミス・オカルトの四原則』である。前回、超常現象を使ったミステリについて語った。私はこれを、超常ミステリと呼んでいる。まったくの造語であると同時に、私が書いているミステリの多くを特徴付ける概念でもある。超常ミステリとはなにか、ということを初めて打ち出したのが、この短編だと言えよう。内容は、帰宅途中に記憶喪失した少女の物語だ。

自評

超常ミステリ四原則

ノックスの十戒に倣って、超常ミステリの四原則を掲げた。以下、引用する。

  1. 作品の舞台は、現実世界でなくてもよい。宇宙、異世界、絵本の中など、好きな場所を犯罪の舞台とすることができる。
  2. 偵役、犯人役、その他いかなる立場の登場人物であれ、超常的な能力を身に付けていてよい。そもそも、人間でなくてもよい。
  3. 但し、世界観および登場人物の能力は、ヒントの形であらかじめ読者に提示されていなければならない。解決編まで完全に秘されていた未知の法則をトリックに使ったり、犯人の追及に使ったりしてはならない。
  4. 探偵役は、必ず一人以上登場しなければならない。探偵役のいないオカルトはただのオカルトであり、普通のファンタジーやホラーと見分けがつかないからである。物語のメインは、あくまでも推理でなければならない。

以上が、『ミス・オカルトの四原則』で打ち出したルールだ。当時は、がんばって書いたつもりである。先達は多いし、今更感がある部分もあろう。前回言及したふたつの有名作、米澤穂信『折れた竜骨』と山形石雄六花の勇者』も、この1〜4に該当すると思うので、そこまで的外れなまとめかたはしていないように思う。

抽象的過ぎる枠組み

では、どこがマズいのか。試行錯誤の段階に作ったものなので、枠組みが大ざっぱなことを挙げられよう。このため、『ミス・オカルトの四原則』で使われたトリック自体がフェアなのかアンフェアなのか、分からなくなっている。現在の私からみると、『ミス・オカルトの四原則』は、超常ミステリとしては大きな欠陥を、すなわちミステリになっていないという欠陥を指摘することができるだろう。どちらかと言えば、ミステリ風味のSFに分類される作品だ。読んでいただければ、すぐにそうと分かる。ミステリ風味と形容したのは、細部を読めば一応真相に気づく可能性があるからだ。しかし、フェア・アンフェアの問題を完全には解決していない。

まとめ

というわけで、超常ミステリを打ち出した作品が超常ミステリになっていないという、なんともお粗末な自己批判になってしまった。初期作品ということで、大目に見てもらうしかないように思う。どの程度それが改善されたのか、また、どの程度問題が残り続けたのか、そのあたりを、次回は『冬過ぎて、春来るらし』で考えてみたい。