駄文書きの屋根裏部屋

ネット駄文書きの備忘録です。ネット小説や出版作品について、あれこれと語ります。

自作を酷評する〜『方船キーテジ号出航』

作品紹介

今回は、『水の女』の続編にあたる『方船キーテジ号出航』を紹介させていただく。前作と同様に、異世界の警察官と一緒に本のなかを冒険する変格ミステリだ。今回の舞台は、近未来の宇宙船。船内で惨殺死体が見つかる。それがエイリアンの仕業なのか、それとも船員によるものなのか、わからない。主人公の霧矢とトトは、両者の可能性を追い、意外な真相に辿り着く。以上が、簡単なあらすじである。

自評

水の女』との類似性

本作の問題点は、『水の女』とほとんど同じ箇所にあると思う。まず、登場人物の過多。これは、改稿である程度修正したつもりである。それでも多いので、もういちど改稿する必要があるだろう。探偵役はひとり、という制限でも設けたほうがいいのだろうか。推理対決要素がどこまで必要か、という論点に帰着しそうだ。

次に、プロットの煩雑さと、思想性の迷走。本作では、テクノロジー批判批判という、カウンター思想が登場する(批判批判は誤字ではない)。これまで人類史に現れてきたテクノロジー批判(バイオテクノロジー批判、原子力批判)は、ことごとく言説としての力を失ってしまった、という問題意識である。ただ、特に福島原発などを念頭に扱っていたわけではなく、一般論にとどめておいた。しかし、昨今の状況をみるに、本作のテーマ自体は、そこまで間違っていなかったように思う。テクノロジーは、あらゆる批判を乗り越えて発展している。このあたりは、吉本隆明原子力擁護が、あたかも自明の真理であるかのようだ(テクノロジーは後退しないという基本思想)。だとすれば、本作で遠坂探偵が言っていることも、あながち的外れではなかったと思う。難点は、説得力の浅さだ。

最後に、劇中劇の舞台設定が、お粗末なことだろう。私は大きな舞台を描くのが、どうも苦手なように思う。これから修練していきたい。

『方船キーテジ号出航』固有の問題

本作特有の問題もあげておこう。真っ先に目につくのは、SF的なものの希薄さだ。『水の女』では、ファンタジー色を出すことに、ある程度成功していたと思う。他方で、本作はSFであるにもかかわらず、SFの必要性が感じられない。テクノロジー批判という側面から、ムリヤリ選ばれた舞台にみえる。どうすればこれを修正できるのか、今のところは解決策が思いついていない。それらしい設定(AIやクローン)を出せば解決できるというものでもないだろう。スコシフシギという道も、あるかもしれない。

まとめ

水の女』の反省点が、あまり活かされていない作品であった。言い訳をしておくと、本作と前作のあいだでは、むしろエンターテイメント性の追求を目指していたため、その点だけは解決できていたように思う。こちらのほうがおもしろい、という感想をいただいたからだ。おもしろさと思想。どこまでも追っていきたい課題だ。